いい音って、何?

蓄音機のそばに座る普通の短毛の黒猫

ふと思ったのです。
音楽再生における「いい音」って、何でしょう?

原音に忠実な音でしょうか。

それとも、気持ちが高ぶったり、何かを思い出させてくれる音でしょうか。

スピーカーを作っているメーカーさんは、こんな話をよくするのかなぁとか思ったりします。
面接で聞かれたら盛り上がっちゃいそう。

さて。
この問いは、もともと「いい曲って何だ?」という疑問から始まりました。

susuman

私は一時期、Sunoを使ってAIで曲を作っていました。
ご存知の通り、AIの曲は凄すぎる。

「それがスタンダードなクオリティである」と、一般リスナーが思ってしまったらと思うと怖いですね。

でも、ヒューマンメイドゆえのちょっと不完全な部分を、逆にいいなとも思います。

むしろ私個人は、最近はそういう不完全性と余白のある曲に惹かれるようになりました。

そこで、「じゃあいい曲って何だ?」と考えているうちに、
「そもそもいい音って何なんだろう?」
と根っこのところに戻っていきました。

いい音には、2つの物差しがある

いい音の2つの物差し。原音に忠実な音と、心が動く音

ざっくり分けると、いい音の考え方には2つの物差しがあります。

物差し① 原音に忠実な音

演奏された音を、できるだけそのまま再現できるのがいい音、という考え方です。

オーディオの世界では「Hi-Fi(ハイファイ)」と呼ばれます。

この物差しでは、出せる音の範囲が広いほど、ノイズが少ないほど、いい音ということになります。
最近よく聞く「ハイレゾ」も、この考え方の延長にあります。

ちなみに、音ってそもそも何?という疑問を解決させておくと、
音の正体は、空気の揺れ、振動です。

音の正体は空気の揺れ。低い音はゆっくり、高い音は速く揺れる

1秒間に何回揺れるかを「Hz(ヘルツ)」で表します。

揺れる回数が少ないほど、低い音。
でかい機械の起動音とかですかね。

そして揺れる回数が多いほど、高い音。
なので、コウモリの声とかイルカの声とかは、人間の耳には聴こえないほど高いので、めっちゃブルブルです。

人間の耳に聞こえるのは、だいたい20Hzから20,000Hzまで。
イヤフォン買うとだいたい裏面には、この辺りの数字が書いてあると思います。

今のスピーカーは、ほぼこの人間の聞こえる音の範囲、全域を鳴らすことができます。

susuman

ちなみに、音の揺れを物理的に針でガリガリと削って、記録したものがレコードです。
そのガリガリを針が通れば、また同じ揺れになるもんね、という考え方。

そして後に現在のスタンダードとなったデジタル録音では、その音の揺れを数字で記録し、それを再現することで再生しています。

物差し② 心が動く音

聴いたときに感動するとか。ゾワッとするとか。
何かを思い出すとか。

演奏の技術や、再生された音の鮮明さなどの限りではなく、その音の空気や受ける印象まで含めて「いい」と感じられるのがいい音、という考え方です。

こちらは、数字では測れません。
かなり抽象的で、個人的な感覚によるものです。

物差し①だけでは説明できないこと

ある日那須に旅行に行った際、ふと「自分の中のいい音を探したい」と思って、アナログシンセに触れられる場所を探していました。

そこで見つけたのが、那須科学歴史館です。

普段はセミナーを月1くらいでやっているそうです。
その日はたまたまセミナーのない日だったので、館長の田澤先生と、ほぼ1対1でずっと話せるという、すごく贅沢な時間になりました。

巨大なタンス!?那須科学歴史館の蓄音機クレデンザ

蓄音機クレデンザ

そこで聴かせてもらったのが、1930年ごろの蓄音機「クレデンザ」です。

第一印象は、とにかく巨大。

家具みたいな木の箱で、これのどこから一体音が鳴るの!?という感じでした。

今はコンパクトでスタイリッシュな家電がかっこいい時代です。

その真逆のデザインを見て、当時の「かっこいい」や「富の象徴」は、今とはまったく違う形をしていたんだなと思いました。

出せる音の範囲は、今のスピーカーよりずっと狭い

このクレデンザが出せる音の範囲は、だいたい100Hzから4,000Hzくらい。

さっきの20Hz〜20,000Hzと比べると、真ん中あたりしか鳴らせません。

いわゆる、最近流行りの(?)「Lo-Fi(ローファイ)」というやつです。

人間の耳と今のスピーカーは20〜20,000Hz、蓄音機クレデンザは100〜4,000Hzくらい

とても低い音も、とても高い音も、ばっさり削られている状態です。

物差し①で測ったら、どう考えても今のスピーカーの圧勝です。

誰かそこにいる、という恐怖

でも、音が鳴った瞬間に感じたのは、
「誰かそこにいる」でした。
正直、怖かったです。(いい意味で)

ボーカルは手前にいる。
ピアノはやや右の後ろ。
ホーンセクションは少し後ろだけど、ピアノよりは前。

今の曲づくりでは、楽器を一つずつ別々に録音して、あとから左右や前後の位置を整えるのが普通です。
左右の位置を決めることを「パン」と言います。

昔の一発録りと、今の別々に録ってパンで並べる録音の違い

でも、当時のSPレコードは一発録り。
演奏者たちがマイクの前にその並びで立って、そのまま録っています。

だから、本当にその場所に、その人たちがどういう位置関係でいたのかが分かるんでしょうね。

これが音の空気感、雰囲気というやつでしょうか。

susuman

もう亡くなっている人たちの演奏にも関わらず、「いる」と感じました。

それくらい生々しくて、その場の景色が見えるようでした。

タッパーに入れられた音

同じ曲をデジタルリマスターで聴くと、あのゾワッとする感じがまったくありませんでした。

小さくまとまって、きれいにパッケージされた感じ。

タッパーに入れられて、きれいに保存されちゃったな、という印象です。

先生の資料によると、古いSPレコードを今の音域の広いスピーカーで鳴らすと、録音の限界やノイズがかえって目立ってしまうこともあるそうです。

だからそうならないように、デジタルリマスターではかなり音を整え直してるのでしょう。

その時代の音は、その時代のスピーカーで聴いた方が、音が生きるということなんですね。

先生の答え「物差しは1つじゃない」

音の範囲がこんなに狭い蓄音機に、多くの人が感動する。

物差し①から見ると、これは矛盾です。

田澤先生は、この矛盾をこう考えています。

物差し①が間違っているわけではない。
いい音を、1つの物差しだけで考えようとすることに無理がある。

susuman

音楽やオーディオは、たくさんの要素が絡み合ったとても複雑なもの。

なので、1つの理屈では全部を説明しきれないんですね。

母のオムライス

先生は、これを料理にたとえていました。

最初は、母のオムライスが世界で一番おいしいと思う。
これは完全な主観です。

料理人を目指すと、経験や知識を積んで、多くの人においしいと思ってもらうために、自分の料理を客観的に見るようになります。

おいしさとは何かを、科学的に調べることもある。

でも、それでおいしさが少し分かっても、それだけで腕が上がるわけではない。

そうやって努力を続けて一流の料理人になった人も、晩年には、やっぱり亡くなった母の料理が一番だった、と主観に戻ってくるのではないか。

母のオムライスのたとえ。主観から客観へ、そしてまた主観に戻る

本当にその通りだなと思いました。

原体験に紐付く体感を「いい」と感じることって、あるよなぁ、と。

聴く人が変わると、音も変わる

先生は、レコードのセミナーをする前に必ず、曲や作曲者、演奏者の背景を調べるそうです。

背景を知って理解が深まると、同じレコードの聴こえ方が変わる。

最初は耳が疲れる、あまり面白くないと思っていた音楽も、最後にはとても好きになることがよくあるそうです。

先生にとっては、ジャズシンガーのビリー・ホリデイがそうだったとか。

いい音は、スピーカーから出た外の音だけで決まるわけじゃない。

聴く人の中でも、変わっていくんですね。
ちなみに私はビリー・ホリデイの「Strange Fruits」がとても好きです。

susuman

那須科学歴史館は、那須塩原市にあります。
ここにあるの?!というほど長閑な場所で、外観は一見普通の一軒家です。

しかし、ここに遥か彼方のオーディオの歴史が詰まっています。

興味のある方はぜひ一度訪れてみてください。

私の今の答え

作る側として追いかけてきた、物差し①

作る側の私は、ずっと物差し①寄りでした。

オーディオインターフェースの性能を気にして、作ったものがなるべくそのまま出ればいい、と単純に思っていました。

ちなみにそれで行き着いたのは、Steinberg UR22C。

ミキサーはMACKIE MIX12FX。

さらに、私が音楽を始めた頃の2010年代から2020年代は「音圧」の時代でした。

コンプレッサーを強くかけて、曲全体の音を太く、大きくする。
2MIXなんて、波形が黒い四角い物体に。
音圧ゴリゴリの当時流行りの2MIXは、一般的には「海苔波形(のりはけい)」と呼ばれていました(笑)

隙間を埋めて、厚くて、ゴージャスで、すかすかじゃないこと。
もりもりであること。

susuman

私自身も、それが正解なのだと、そういう音を作ってきました。

でも今は、AIの曲が出てきたり、デジタルがどんどん進化して情報があふれる中で、そういう曲を聴くと疲れてしまうようになりました。

すかすかで空気を感じるようなミックスや、余白のある音の重ね方の方が、今は好きです。

いい音は、強力な主観

ズバリ、私にとっていい音とは「強力な主観」です。

自分にとっての強力な主観が何か分かっていれば、そこにたどり着ける。

そういう音が作れると思っています。

私の場合、それは小学生のころの子供部屋。

子供部屋に置いてあったゲーム機や、おもちゃのシンセサイザー。

あのころのワクワク感には、無限の可能性や未来がありました。

今はY2Kだなんて、平成が珍しくて流行っていますが、そういう単純な話ではありません。

大人になった今、あのころのようなワクワク感を抱けていないから、あのとき聴いていた音や、触っていた感触を思い出したいんだと思います。

そして、もし私と同じような人がいたら、私の出す音を聴いて原体験を思い出して、また頑張れるようになるかもしれない。

そのために作るわけではないけど、そうなったらいいなと願っています。

主観と主観が、目が合う

強力な主観を向けていれば、同じ主観を持った人と、いつか目が合う時が来ると思います。

目が合った人が強烈なファンになって、もしかしたらお金を払ってくれる。

主観と主観の目が合って、もしかしたら対価が生まれて、マーケティングはその後からついてくる。

私は、そういうあり方の方が好きです。

susuman

子供部屋のワクワク感に惹かれる方いますか?

私と目が合うと思います(笑)

あなたは、どう思う?

原音に忠実な音も、心が動く音も、どちらもいい音です。

どちらが正しい、という話ではありません。

もしあなたが「いい音」を探して迷っているなら、数字の前に、自分の主観をのぞいてみてもいいのかもしれません。

あなたにとっての「母のオムライス」みたいな音は、何ですか?

となりのTOI